深く考えるのをやめた猫艾電介のブログ

特に深く考えず、引用を交えつつ書き綴ってくブログです

どっちつかずの発達障害 こっちでも書いておく身の上話(3)

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前回「アスペルガー症候群に近い症状」というよくわからない診断を受け、親からは健常者だから胸を張れと言われた猫艾電介。
しかし、子供の発達障害しか診ず、問診も簡易なものだった。果たしてこれでいいのだろうか。そう思いながらも転職活動はしなくちゃならないわけで――。

 そもそも自分は精神障害として動いていたものの、これにも抵抗があり、一般枠での天職を希望して応募をしていた。しかし、必ずと言っていいほど面接でつまづく。

希望している職は本当に自分にあっているのだろうか。どんな人が、どんな思いを持ち、どのような考えのもとで採用を検討しているのか。
どのようにして対処し、最適解を求め、しかし、周囲には色んな物が飾られている。ここからヒントを見出すことができるかもしれないがタイピング音が耳に障る。
そんなことはどうでもいい、姿勢だ、姿勢。そして最適解。求める答えを言うべきだ。

集団面接の場合は、上記の支離滅裂な思考に加え相手の様子も目に入ってしまう。とにかく『型にはまりすぎてしまう』のだ。

結果として面接は落ちてばかり。さらに1社からの結果がなければ次に進めないため、一向に転職活動は進まなかった。何故一社か。複数社受けることは、採用予定の企業を裏切る行為に当たるからだ。

途中副業も挟んだが、結果としてセカンドオピニオンを受けるまでに5年近くの間が空いてしまったのは事実だ。

テンプレートがほしい。

一種のテンプレートに収まっていなければ妥協できず、結果臨機応変なコミュニケーションができない。これはアスペルガー症候群の特徴の一つとされている。

例えばキャッチボールをするにしても『どのようにして投げるのか』『どのようにして受け止めるのか』という大きな疑問を抱えている。人間不信などがくっつくと、結果すらに不安を感じて投げることすらためらってしまう。

アスペルガー症候群のみならず、人と付き合う際は『何かを察する力』を求められるが、致命的に乏しい。これもまた日常においてひどく苦しめることとなる。

例えば『あれを取ってくれ』と言われてもわからない。
指をさしてもわからない。
特徴や、場所を示してもそれでもなお分からない。
まるでスイカ割りの要領で「そっちではない」「行き過ぎている」「なんで解らない!?」と言われながらもようやく見つけ出す。そして「何故わからないんだろうなぁ」と、心はぼろぼろになるのだ。

抽象的な表現ではなく、しっかりとしたテンプレートを求めてしまうのは不安からか、それともアスペルガーだからか。この点は未だに悩ましいところでもある。
しかし、内容を理解し『Aといえば――』で意味が真っ向から通じるようになれば、問題はなくなる。変わりさえしなければ、差し障りなく対応できる。

そう考えると、アスペルガー症候群に向いているのが臨機応変さではなく、機械的な同一作業の繰り返しというのも、なんとなく分からなくもない話だ。

 

兎にも角にもわからないまま、がむしゃらに就労支援を行ったり、面接指導を受けたりとをし続け、磨り減りながらもようやく次のチャンスが得られる時期がやって来ました。

次回、最終回。

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