深く考えるのをやめた猫艾電介のブログ

特に深く考えず、引用を交えつつ書き綴ってくブログです

【閉店】深く考えないなら場所はどこでもいいやという話

表題どおりです。 もともとこのブログは「はてなとかの大きいブログじゃないと認知度上がらないよ。作れば本家にもアクセスが来る」という言に影響されて作ったもの。

しかし、上がらない上にそこまでアクセスは増えない。ついでに言えば管理が面倒になってきました。

なので、閉店です。

最後あたりはイケダハヤト氏に歪んだ愛情をぶつけてきましたが、今ではそれすらも消え失せ、名前を見たら「元気にしてるな」ぐらいの気持ちです。

まぁ儲けられるうちに儲けられるのが一番です。リベンジの資金もできるんだし、敵は作るけども

このブログは6月末まで残しますが、その後は気まぐれで消します。

書いてきた記事は本家ブログに全部インポートしてますので、よければ見に来て下さい。

最近は「Enty勧めたのに圧政でひどいことになってる!俺恥ずかしい!!」と言った記事が人気のようです。

本家ブログはこちらです、それでは。

denxxxx.work

イケダハヤト熱を冷ました1つの有料記事

ちょっと前まで「今日のイケダハヤト」というタグで、アップされた記事に感想をつけていました。

熱が冷めました。

www.ikedahayato.com

この記事見て「あぁ、こういうことするんだぁ、へぇ……」ってなったのでしょう。

イケダハヤト氏は以前より質問をask.fmで受けてましたが、これまでは無料というか、気まぐれや寝たになりそうなものをピックアップして答えていたのだろうって節がありました。

そして、ブログからnoteに切り上げた矢先のこれである。
これはない。何がないって質問している人にもお金をせびっているからだ。

noteは対象に無料で渡すなんて機能はないはずだし、本人のメールアドレスなどがわからない限り、記事原本を送るのも難しい。つまり質問された人が回答を見るには100円払わないといけないわけだ。

「いやいや100円なんて安いでしょw払えないの?」という話ですが、払えませんよ。
何せこれは信頼されて送られた悩みですから、他人の悩みを飯の種にするのはさすがに引きます。熱が冷えました。

 

どんな反応があろうとカッカさせている間はイケハヤ氏の勝ちだ。しかしその熱が冷めたらどうなるか。

結論から言えば記事を見なくなってしまった。
あれほど考えさせられ「なかなかいいな」と思っていたのに、今は文字の羅列にしか感じなくなってしまった。

ひとときの狂乱だったのか、それとも倦怠期か。はたまた本当にあきれてしまったのか。
もちろん氏を全面的に否定はしないが、これほどまでにがっつかないとやはりお金は稼げないものかというのを強く見せられてしまうと、躊躇してしまう。

自分は覚悟が足りないと日々感じている。もっと踏み込むべきか、お金を払うべきか。
しかし払うだけの魅力が無くなってしまった。そもそも払うつもりもなかったのだろうけど。

そうなると、自分はもはや貧乏人のままなのだろうか。負け組父さんなのだろうか。
そんな妄想を振り払いつつ、ひとまずは少し休みたい今日この頃でした。

有料記事から投げ銭にシフト 見てくれる人ありきに切り替える

有料記事(だったもの)を一部の人が実践している「投げ銭方式」というのに切り替えてみました。

 

note.mu

有料記事って比較的敷居が高いので、それこそ没入していないかぎり買われないよなぁ……ってのに気づきまして。

下手にがっつくよりも文章に関してはこっちが投げ、相手がアクションを起こすのがいいだろうなと考えました。投げ銭はてなスターもその一つだと考えてます。

また変わるかもしれませんが「投げ銭に出来る記事かな?」と思ったらnoteに上げていきますので、よろしくお願いします。

note書いたものの案の定売れてないっすね

こんな記事を試しに書いてみましたが、今のところ売り上げ0です。

note.mu

宣伝が足りていないというのも大きいけど、そもそもどのようにして宣伝すればいいのかがまず欠けているのが大きい。

Twitterで積極的に呼びかけるというのを忘れてしまうのもなんというか…やる気がないわけではないけれど、忘れてしまう。

 

「ダメでもともと」なんて言い訳はしたくないけど、心労はためたくないので見なかったことにしようかな、なんて思いつつ次の行動に移っていますよ。

noteはnoteで面白いけど、どのようにして言語だけでコンバージョンを拓いていくか。そこが問題だ。

文章にお金を取りたくなるのは生活のため……だけではない。

たまに「文章なんてだれにでも書けるから、お金取るのっておかしくね?」という話がある。

確かに母国語であれば(学んでいれば)だれだってかけるし、英語や中国、フランス語と書ける人もいる。その部分だけは事実と考えている。

ただ、その文章が伝わらなければ意味が無い。対価をもらうというのは責任を負うだけではなく、その文章に「万人に伝えられるだけの価値を付与する」と考えている。

どのような考えを持っていて、どうありたい、どうしたいのか。

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自分の考えるように動くことを考えたら、周囲へのリスクが高すぎる件

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毎度のごとく「親族が、環境が」と考える今日このごろ。
このままでは一向に前に勧めず、腐っておしまいゲームオーバー。
だとすれば自分のやりたいようやるのが一番。それには当然ながらリスクが伴う。
 
どのようなリスクか。以前書いた記事から引用したうえで、更に追記してみる。