※この記事はmisskey.ioに先日投稿した記事をそのまま転記・修正したものです。
※ネタバレは極力避けています。見たければWikipediaを見てください。
ベイティーは本を否定しながらも、本に興味を持ってしまった、比較的薄識なガイ(※)を揺さぶった。これがどのような結末を呼ぶかはネタバレになるが、彼もまた本に取り込まれて、苦しんだ末の行動だったのだろうとも感じられる。
※:本に傾倒するがあまり、本来の目的を忘れ、愚かと思えた相手に感情のままに振る舞うさまは自己の抱える認識が軽薄で愚かしい。ゆえに「薄識」と記した。もっともこれを若さ故とか、新鮮な知識を得たために起こった発作とも捉えられるが、あまりに愚かしくも感じたし、浮かれたくなったのだろう。
構成や結末には納得し難いが、本の魔力、メディアの魔力、踊らされ、狂っていく人々。それらを否定するも、逆に無慈悲に否定し返す現実という構図。
それが知の産物か、人間の好奇心が生んだものかを問えば、答えは後者だと思う。なぜならガイはクラリスの話に耳を傾け、興味を示した。この地点で彼には好奇心が芽生えていたのだろうから、何かしらで本を与えれば、それを隠し持つのは当然の帰結だった(故にべイティーは本を誤って所有した後のプロセスも説いたのだろう。軽い好奇心を咎めるのであればそれで十分だが、重度となれば燃やすしか無い。そういう世界だから)
後味の悪さで考えると、勧めにくい。しかし読んで損はない一冊ではあった。今の表現規制を己達の手で進めようとしている現代においては、刺さる。